◇「蝉しぐれ」の世界を再現した完璧なるロケーション撮影

 日本の原風景を見事に描き出した藤沢周平原作の「蝉しぐれ」の完全映像化にむけ、黒土監督は10年以上の歳月をかけて、日本の原風景を見つける為に自ら全国にまたがるロケハンを行いました。原作の舞台設定を忠実に映像で再現することは、登場する人物達を徹底したリアリティで描き出すために不可欠なものであると考えたからです。決定しては再考を繰り返す中で最終的に候補地を絞り込み、庄内・新潟・長野・彦根・近江八幡・京都・千葉・水戸と全国をまたぐ壮大な撮影が行われました。美術監督は黒澤明監督作品の美術を担当した櫻木晶。日本映画界屈指の美術監督が手がけたセット技術の高さも本作品の特筆すべき要素のひとつといえます。特に「海坂藩」の舞台となった山形・羽黒町では、主人公たちが暮らす組屋敷のセットをゼロから作り出すチャレンジがおこなわれました。

 山形・庄内ロケ支援実行委員会の協力と、地元の篤志家から提供を受けた1万坪のスペースを活用し1億円の製作費をかけて建築。山形の名山といわれる金峰山、母狩山、月山、鳥海山が一望に見渡せ、カメラアングルに現在の建築物が一切映りこまないように設計された組屋敷の配置によって、美術セットという枠を超えた見事なオープンセットが完成しました。完成後、更に一年を通して風雨にさらし、自然の風合いを加えることにより、本物の瑕疵感を再現させました。完璧に作りこまれた美術セットを通した情感あふれる四季の映像が、登場人物たちを抒情豊かに浮かび上がらせます。普請組・組屋敷をはじめ、冒頭のおふくが蛇に噛まれる「小川」、切腹した父を大八車に乗せ懸命に引く「矢場の坂」、おふくを匿う「欅御殿」、おふくとの再会を果たす「湯宿三国屋」など、万難を排した最高のシチュエーションと美術で長期間の撮影スケジュールを消化してきました。

 本編は、普請組・組屋敷の文四郎の家に朝陽があたるシーンから始まります。清廉な空気に触れることにより、観客は一気に「蝉しぐれ」の世界に導かれることとなるでしょう。さらに、文四郎とおふくとの20年に及ぶ歳月を、物語は春夏秋冬の季節の原風景を盛り込み表現しております。黒土監督が一切の妥協を排除してこだわった「蝉しぐれ」が持つ空気感と透明感を是非ともご堪能ください。

◇「蝉しぐれ」を彩る見事なキャスティング

 「蝉しぐれ」映画化には、現在、想定が出来る最高のキャストたちが集うこととなりました。主人公・文四郎に伝統芸能・歌舞伎の世界を担い、演劇・ドラマと幅広い活躍をみせる市川染五郎。文四郎の辛苦に耐える生き様と存在感は、伝統芸能で培ったものでしか表現出来ない立ち振る舞いといえます。文四郎の幼馴染で清く悲しい恋の相手となるおふくに演技派女優・木村佳乃。おふくの美しさと透明感を見事に表現し、映画史に残る最高の日本人女性を演じました。また父・助左衛門に緒形 、母・登世に原田美枝子、親友・島崎与之助に今田耕司、小和田逸平にふかわりょう、さらに大地康雄、小倉久寛、緒形幹太、田村亮、柄本明、加藤武、大滝秀治ら日本映画界最高の布陣が脇を固めました。そして、文四郎・ふくの子供時代を演じる新人・石田卓也、佐津川愛美も映画初出演ながらも重要な役を瑞々しく演じ、作品のテーマともいえる「若々しさ」「清清しさ」を、見事に表現しています。

 撮影は2003年8月、新潟の実景撮影からクランクイン。山形での猛吹雪が舞う中で撮影。桜咲く春、「蝉」の鳴き声が染み渡る夏と、四季を通して一年に及ぶ撮影体制が組まれました(2004年9月山形ロケでクランクアップ)。見ごたえある力強いセット美術と日本が世界に誇る美しい四季の風景が映画「蝉しぐれ」の世界を彩ることとなったのです。

◇庄内・羽黒町「蝉しぐれ」オープンセットと資料館が映画上映前に一般公開

 牧文四郎たちが住む普請組・組屋敷。物語の冒頭から重要な役割を果たすことになるこのシーンをどこにするかが、大きな課題となりました。原作者・藤沢周平の出身地・山形庄内地方を訪れた黒土監督は、この世界観が「蝉しぐれ」を作り上げたとほれ込みました。そして決断したのは、「ゼロからセットを組み上げること」。提供を受けた敷地エリア1万坪(元は山形の名産「だだちゃ豆」畑)を整地し、東宝スタジオで準備された建材を山形に運び込み、仕上げにかかるという大掛かりな取り組みを敢行しました。建築物もさることながら、道端に生える雑草の数々まですべてが計算を元に植え込まれるという完璧なるロケーションセットを目指し作業に取り組んだのです。黒澤組をはじめ日本映画の歴史とともに育まれた技術の粋を集めた見事な美術セットも本作品の大きな特徴です。

 2004年9月の撮影終了後、一般には詳細な情報を伝えていないにもかかわらず、全国の藤沢ファンがこの撮影場所に訪れ一大観光名所のごとき賑わいとなりました。この状況から、庄内ロケ支援実行委員会(酒井忠久委員長)と「蝉しぐれ」製作委員会は正式に「普請組・組屋敷」オープンセットの保存を決定。さらに、国史跡指定松ヶ岡開墾場の大蚕室を使用した映画「蝉しぐれ」資料館を本年4月から一般に公開する運びとなりました。映画の公開を前に、これほど大掛かりな施設が誕生するのも非常に珍しいといえます。ゴールデンウィーク期間中には来場者が1万人を超え、大きな話題となりました。映画を見る前、あるいは見た後に、この組屋敷を訪ね、主人公・牧文四郎が座った縁側から同じ視線で海坂藩の世界を眺めてみては如何でしょうか。
(お問い合わせ:映画 「蝉しぐれ」 庄内ロケ支援実行委員会事務局 TEL 0235‐62‐2111)

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「蝉しぐれ」関連データ

■原作関連
初出  山形新聞夕刊にて連載(86年7月9日〜87年4月13日)
単行本 文藝春秋(88年5月)
文庫本 文春文庫(91年7月)
※トータル発刊部数120万部突破(05年1月末現在)
※平成14年度より「蝉しぐれ」(抄)が、中学3年生の国語の教科書に採用(光村図書より)。 のべ200万人の中学生に読み続けられています。

■テレビドラマ(03年8月放送/脚本・黒土三男)
第44回モンテカルロ国際テレビ祭テレビ・ドラマ部門ゴールドニンフ(グランプリ)受賞
2004年アジア太平洋放送連合・テレビドラマ部門最優秀賞受賞
第30回放送文化基金賞・テレビドラマ部門本賞受賞