テレビドラマでは伝えられなかった「日本人の気高さ」を映画で描いた。

― この作品を映画にしたいと思われた理由は?
黒土

「蝉しぐれ」は爽やかに青春を描いたラブストーリーで、父と息子の物語にしても、他の作品でこれほどきっちり書かれたものはありませんでした。先の読めない物語構成は上質のエンターテインメントで、これは映画になると感じたんです。
登場人物たちが日本人は気高く、素晴らしいものなんだということを訴えてくる感じには、読んでいて喜びを感じ、日本人というものに希望を持ち、感動しました。ちょうどその頃、僕はオリジナルな時代劇を撮りたいと模索しているところだったこともあって、「ここに僕の時代劇がある」とはっきり思ったんです。

― 映画化の承諾を頂くまで、かなり時間がかかったそうですね。
黒土

何度も断られました。手紙を書いても返事を頂けず、人づてに「自分は映像化するために小説を書いているのではありません。できれば、そっとしておいて欲しい」というようなことを聞かされるばかりでした。後で聞いた話ですが、僕のようなフリーの映画監督がもしも失敗したら、個人で大変な責務を負うのではないかというようなことを心から心配なさっていたそうです。そのことを知った時、僕はこんな素敵な作家がいるんだと、藤沢さんという人に感銘を受けました。それで厚かましいけれども、シナリオを書いて読んで頂こうと、京都で1年かけてシナリオを書いたんです。最後は藤沢さんが根負けしたような形で承諾を頂きました。

― シナリオ作りで意識されたことは?
黒土

とても完成度の高い原作ですから、それを自分流に書き直すということはあり得ないことだと思っていました。ただ「藤沢さん、ここは違うんじゃないですか」と僕の中で感じるところを、僕はこうありたいという想いで少しだけ変えさせて頂きました。例えば坂道で父の亡骸を文四郎が挫けそうになりながらひとり荷車で運ぶシーン、クライマックスの欅御殿で文四郎とふくが再会した時の台詞、ラストで二人が結ばれた後の文四郎の想いなどです。あとは原作の持っている世界を壊さずに映像にすることだけを考えました。

― NHK のドラマのシナリオも手がけられ、国際的にも高い評価を受けられましたが、映画との違いは?
黒土

テレビドラマシリーズが大きく評価されたことは非常に光栄なことだと思っています。映画では、テレビで描けなかった日本人の気高さを描きたかった。それはできたと思います。ドラマをご覧になった方にもぜひ、そこの部分を観て頂きたい。映画は、物語を凝縮して、原作に書かれた文章をポエムのように見せていく。テレビでは表現できない「蝉しぐれ」の空気感と透明感を表現することができたと思います。しかし、凝縮する作業は非常に苦しかった。ここは削ぎ落としたくない。でも全体の仕上がり時間などを考えたらどうしても落とさなければならない。葛藤の繰り返しです。その作業の中から、僕は今回、映画というものを学んだ気がしています。映画は風景が語り、芝居をする。つまり映画監督は絵描きでもなければならないんです。黒澤明監督が、「1本の映画の中で映画的と思えるシーンは1シーンか2シーンあるかないかだ」と仰ったことがあります。この映画「蝉しぐれ」において、「これが映画だ」と思えるシーンが実はあります。それがどこかはあえて言いません。観客の皆さんに感じて頂ければ幸せです。僕はそういう映画を作ろうと、最大限の努力をしました。

― ロケ地探しは非常に苦労されたそうですね。
黒土 

実現するまでにかかった15年という長い歳月が非常にプラスに働きました。時間が許す限り日本中を歩き回ることができたからです。そのお陰で映画を撮れる場所ということをじっくり考えることができました。その中で、当初は原作の舞台である山形は、昔からのものを残しているわけでもなく、特に何があるわけでもないと諦めていましたが、そうじゃないということに気づきました。時代劇ならやっぱり京都だという既存の考えを一掃することができたんです。たくさんの時間をかけて自分の足で日本中を歩き回る中で、藤沢さんの故郷が教えてくれたような気がしました。今回、その意味ではどんなところでも映画が撮れる可能性はあるんだということを学習させてもらいました。僕がこの作品で映画的なものが撮れたのは、もしかしたら、亡くなられた藤沢さんがこっそり教えてくださったからかもしれません。

― キャスティングで意識されたことは?
黒土 

透明感ですね。僕がそういう人が好きだということと、この物語の主人公である文四郎もふくも透明な感じは必要でしたから。文四郎とふくの子役は、オーディションで選びました。現場で彼らの芝居を構築するのは大変でしたが、非常に良くやってくれたと、頭が下がる思いです。大人になってからの文四郎は、侍の立ち居振る舞いを大切にしたかったので、歌舞伎の世界にいる市川染五郎さんにお願いしました。現場で僕は彼の「佇まいの美しさ」に惚れましたね。彼が歩くと周りの空気も一緒に動くんです。そういう俳優は日本にはそうはいません。素晴らしかったです。おふく役の木村佳乃さんは、気取らない自然体の人で役柄にぴったりでした。ラストシーンの撮影中、木村さんのあまりの美しさに僕は呆然と見とれ、「カット!」の声がかけられませんでした。この二人だったから、ラストシーンはありえたのだと思います。文四郎の父役の緒形 さん、母役の原田美枝子さんは、僕が敬愛する俳優です。そのお二人に出て頂けたこと、嬉しく思っています。そのほか、今回は名前を挙げるときりがないほど重厚なキャストが集まってくれたこと、感謝しています。これも原作の魅力によるところが大きいのではないかと感じています。

― 岩代さんの音楽がとても印象的でした。
黒土 

今、もっとも実力のある岩代さんに手がけて頂いたこと、嬉しく思っています。音楽に関しては、僕の中にある明確なイメージがありました。そのイメージを岩代さんがはるかに超えて、「大いなる音楽世界」を構築してくれたんです。オーケストラのレコーディングの際も、非常に粘って、妥協をしない仕事ぶりには感動しました。そこには岩代さん自身が藤沢さんの作品のファンであること、中でも「蝉しぐれ」に大いなる思い入れがあったことが影響していたようです。

― 最後にこの映画を完成させて今、感じていらっしゃることは?
黒土

僕にとって、この作品は4本目の監督作品になります。今度こそ映画が撮れたと心の中で言いたいと思います。藤沢周平さんの「蝉しぐれ」に出会わなければ、そうはならなかった。「蝉しぐれ」から多くを学ばせて頂きました。本当にありがとうございました。

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監督・脚本/黒土三男
1947年3月3日生まれ。熊本県出身。立教大学法学部卒業後、木下恵介プロダクションに助監督として2年間所属。以後独立してフリーの映画監督、脚本家として活躍。NHK金曜時代劇「蝉しぐれ」の脚本も監督自身が執筆。第1話「蝉しぐれ/嵐」がモンテカルロ国際テレビ祭・ドラマ部門のグランプリを受賞した。

【監督作品】
「オルゴール」(89年) 「渋滞」(91年) 「英二」(99年)
【テレビドラマ脚本代表作】
「オレゴンから愛」(84年) 「親子ゲーム」(86年) 「とんぼ」(88年)